違いをチカラに~人と人の相互理解~(1)/京都 妙心寺退蔵院副住職 松山 大耕氏(2017年6月)
違いをチカラに~人と人の相互理解~
松山 大耕氏
京都 妙心寺退蔵院副住職 




2003年東京大学大学院農学生命科学研究科修了。2007年より退蔵院副住職。外国人に禅体験を紹介するツアーを企画、外国人記者クラブや各国大使館で講演を多数行う。2011年より京都市「京都観光おもてなし大使」。2011年には、日本の禅宗を代表してヴァチカンで前ローマ教皇に謁見、2014年には日本の若手宗教家を代表してダライ・ラマ14世と会談し、世界のさまざまな宗教家・リーダーと交流。2014年世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に出席するなど、世界各国で宗教の垣根を超えて活動中。

―2017年6月15日(火)、大阪産業創造館イベントホールにて開催したPREXシンポジウム「違いをチカラに~国や価値観の違いを乗り越えて~」基調講演の内容をまとめたものです。―

■ 退蔵院のご紹介

京都妙心寺退蔵院の松山です。人と人との相互理解をテーマに、私の生い立ちも触れながら違いをチカラにすることについてお話ししたいと思います。まず退蔵院の映像をご覧ください。
映像→ https://youtu.be/8MRRwy51whQ

■日本人の宗教観~寛容~

私は退蔵院の長男として今から38年前に生まれました。跡を継がせる気満々で育てられたのですが、中学、高校は、カトリックの学校でキリスト教の教育を受けました。珍しいことではありましたが、いじめられたことも批判されたこともありませんでした。 大学に入り、敬虔なカトリックの国のアイルランドの田舎町に泊まった時、生い立ちを話したら、そこのおかみさんに「あなたの国ではなぜそんなことができるのか、アイルランドでそんなことをしたら殺されても文句言えないわよ」と言われました。私はまったく反論できませんでした。




日本の文化の中には、宗教が混在しています。クリスマスにケーキを食べ、大晦日に除夜の鐘をきき、お子さんが生まれると七五三さんで神社に行く、結婚式はチャペルで、と海外の方に話すと、なんと節操がないといわれるでしょう。
宗教観は食と関係が深いと考えています。和食懐石には、洋食のコース料理のメインディッシュにあたるものはなく、全体の流れを大切にします。日本人の宗教観も同様で、これが一番、これしかないという考え方ではなく、他の宗教にも敬意を払い、非常に寛容です。これは日本独特の宗教観ではないでしょうか。

仏教についても諸外国の仏教とは、大きく違います。私は24歳のころ修行道場に入りました。その当時、なぜ、他の仏教国、たとえば台湾、ミャンマーやタイの坊さんは、結婚ができない、お酒を飲めない、肉魚を食べられないのに、日本のお坊さんには、ゆるされるのかという疑問を持っていました。道場に入って3年目、中国の修行道場で中国のお坊さんと修行する機会がありました。実際に修行を共にし、中国のお坊さんは、結婚ができない、お酒を飲めない、肉魚を食べられないと規則が厳しいのですが、私の印象では坐禅中に居眠りをする、掃除時間にきめ細かく掃除をしない、など、厳しい言い方をすれば、だらだらしているという印象を受けました。つまり、日本ほど規律が厳しくないのです。日本は逆です。規則には多少目をつぶる、しかし規律はめちゃくちゃ厳しい。つまり、日本と中国の仏教の違いは、どちらが優れているとか、良い悪いの話ではなく、規律と規則どちらを大事にするのか、そういう違いなのだとわかりました。

このように、例えばミャンマーやインドの諸外国のお坊さんが日本のお坊さんをみると、仏教ではないのでは?といわれるかもしれません。しかし、私たちの築き上げてきたスタイルは、「日本の仏教」というしかないのです。宗教は、日本の風土、文化、歴史に合わせて発展するものでその国にふさわしい形で発展してきています。 これもまた、食に例えられ、仏教のスタイルの違いはカレーに似ています。カレーも仏教もインド発祥ですが、インドの人にカレーを食べてもらったら、これはカレーではないというでしょう。

違いをチカラに~人と人の相互理解~(2)■日本の宗教観を世界に へ続く